こんにちは!りょーすけです!
先日、プロ野球史上日本人最速で通算200本塁打を達成した、西武ライオンズ所属の山川穂高選手。
足を大きく上げる豪快なスイングでホームランを量産している、プロ野球界屈指のホームランバッターです。
ホームランを打った後のベンチ前でする、どすこいパフォーマンスはお馴染みですよね。
そんな山川穂高選手ですが、西武ライオンズに入団してから3年間ほど2軍生活だったことをご存知でしょうか?
大学から即戦力として期待されるも、なかなか結果が出ず苦労して今の活躍を手にしています。
今回は、そんな山川穂高選手の中学校・高校・大学時代の成績や経歴、人柄(性格)について詳しくまとめました!
どすこいパフォーマンスが生まれたきっかけも書いてますよー🎶
山川穂高選手の経歴(中学校・高校時代)
中学校時代
山川穂高選手は沖縄県那覇市で、『チームSORA沖縄』というクラブチームでプレーしており、全国大会の出場経験もあります。
このクラブの名誉監督は、元プロ野球選手で、コーチや監督で活躍された大矢明彦さんです。
また、山川選手が在籍していた頃の監督は、こちらも元プロ野球選手で、現在は東北楽天ゴールデンイーグルスのスカウトを努める大久保勝也さんでした。
練習もかなり厳しかったようで、野球以外の道具を大切にする礼儀作法や挨拶も徹底的に教え込まれたそうです。
山川選手はこの時期、野球に加えてバレーボールもしていたようで、野球とバレーボール両方でレギュラーを勝ち取っています。
運動神経の良さはこの頃から、ピカイチだったようですね♬
山川選手はこの中学の時期に、大久保監督から将来を決定するような特別な言葉をかけられています。
『お前はホームランバッターになれるから絶対に小さな打撃をするな』
すごい良い言葉ですよね。
実際この言葉通り山川選手は、力強いフルスイングが持ち味で、ホームランを量産しています。
山川選手の野球人としての根幹は、この言葉に凝縮されているように感じます。
高校時代
中学校を卒業後は、沖縄県立中部商業高校に進学しています。
この頃は誰よりも練習をしていたのにもかかわらず、結果を残すことができずにレギュラーを勝ち取ることができなかったようで、一度は野球を辞めることをお母さんに相談しました。
『別にいいよ』と言われたようですが、その後に『せっかくだから次の試合までやってみたら』と諭されました。
そして次の試合で、山川選手は人生初のホームランを放ち、野球を辞めるどころか、今まで以上に野球にのめり込むようになりました。
山川選手自身も、『あの一本がなければ、野球を辞めていた』と語っているので、大きな転機になったホームランですね♪
それからは、長打力を武器にチームの4番を任され、高校3年生の時には県大会決勝まで進みました。
しかし、その年高校野球で春夏連覇した興南高校に敗れ、甲子園出場の夢は叶いませんでした。
この年の高校野球を沸かせた選手は、興南高校の島袋洋奨選手、横浜高校の筒香嘉智選手、明豊高校の今宮健太選手、花巻東高校の菊池雄星選手と、後にプロ野球、メジャーリーグで活躍する選手ばかりです。
山川選手は3年間で甲子園の出場はありませんので、こうした選手たちほど有名な存在ではなかったようです。
プロ野球選手の道を切り開いた大学時代の成績
高校時代、甲子園出場もなく無名な存在だった山川穂高選手ですが、富士大学に進学後、その長打力を武器に1年生の春からチームの4番を任されています。
秋季リーグで打点王を獲得、国際大会の日本代表にも選ばれるなど、大学でプロ注目の選手に成長を遂げました。
中学校の大久保監督から受けた、『小さな打撃をするな』という言葉を信じ、その長打力がプロ野球選手への道を切り開いたと言っても過言ではないですよね。
そして、2013年ドラフト会議で、西武ライオンズから2位指名を受け、入団しています。
しかし、翌年の2014年から2016年までは、なかなか思うような成績を残すことができずにプロの壁にぶつかります。
それでも、愚直に自分の持ち味である長打力を磨き続け、遂に2017年一度は2軍に降格しますが、夏に1軍昇格、そこからは3打席連続ホームラン、2ヶ月連続の月間MVPを獲得するなど、急成長を遂げました。
その後は、チームの4番としてホームランを量産、2022年6月26日には、日本人最速の200本塁打を達成しています。
山川穂高選手の基本情報
~基本情報〜
名前:山川穂高(やまかわ ほたか)
生年月日:1991年11月23日
身長・体重:176cm・103kg
出身地:沖縄県那覇市
出身高校:沖縄県立中部商業高等学校
出身大学:富士大学
所属:埼玉西武ライオンズ
愛称:『アグー』
〜選手情報〜
投球・打席:右投・右打
ポジション:一塁手(ファースト)・三塁手(サード)
プロ入り:2013年ドラフト・西武ライオンズ2位指名
1軍初出場:2014年6月21日
年俸:1億3000万円(推定)
タイトル:本塁打王2回(2018,2019)、最優秀選手1回(2018)、一塁手ベストナイン2回(2018,2019)
選手としての特徴
豪快で力強いスイングから生み出される圧倒的な長打力が持ち味の、球界屈指のパワーヒッターです。
強靭な下半身が粘りを生み、変化球で多少体勢を崩されても、ボールを拾うことができます。
ピッチャーからすると、打ち取った当たりでも、ボールの飛ぶ角度が良ければホームランになってしまうので、細心の注意を払いながらの投球が要求される。
さらに近年では、選球眼が良くなりファボールを選び、出塁する回数も多くなってきています。
本人は、打率には全く興味がないようで、
『打率のように、上がったり下がったりするものはあまり考えないようにしています。本塁打と打点は減らない。僕は減らないものに特化していきたい』
『僕は5打数5安打より、5打数1安打1ホーマーの方が絶対いいですから。打率は相当悪くなければ、ある程度でいいかな』と語っており、ホームランに対して独自の考えがあります。
ホントに真のホームランバッターですよね♪
しっかり自分の考えを持ち、成績を残しているので、この言葉にも説得力があります。
練習の虫!山川選手の人柄(性格)
山川穂高選手は、高校時代から練習の虫と言われるほど、ストイックな性格です。
それは、プロ野球選手になってからも変わることなく、今のお家はいつでも練習ができるようにと、本拠地である西武ドームの近くにあるそうです。
野球で生き抜いていく覚悟を感じることができますよね。
このことに関して、三冠王を3度獲得した落合博満氏も賞賛しています。
山川選手のストイックで真面目な性格がよくわかる、落合博満氏との対談動画あるので、ぜひご覧になってください♫
どすこいパフォーマンスが生まれたきっかけ
山川穂高選手といえば、ホームランを打った後に、ベンチ前でのどすこいパフォーマンスが有名ですよね。
それは、『自分が元気を出して、とにかくチームを明るくしたい』という山川選手の思いから生まれました。
元々明るい性格の山川選手なので、ファンにも楽しんで欲しいという考えがあったと思います。
自分だけでなく、チームやファンのことを考えることができるのも、山川選手の良さであり、チームの中心選手の責任なのかもしれません。
日本人最速200本塁打達成!期待されるホームラン数は?
2022年6月26日、日本人最速の200本塁打を達成しました。
大学卒業後のプロ入りで、しかも入団してからの3年間は2軍での生活もあった中での記録なので、脅威的なスピードでホームランを量産していることがわかります。
次の節目の数字で言うと300号になりますが、山川選手にとってそれは通過点で、おそらく今、現役選手の中で最もホームランを打っている、同じチームメイトの中村剛也選手の数字が一番の目標だと思います。
実際、山川選手は大学生の頃、中村選手のフォームを参考にして研究をするほど尊敬をしています。
それを裏付けるような、面白い比較記事を見つけたので、リンクを貼っておきますね♬
今後、どれだけホームラン数を伸ばすことができるのか注目しましょう!
見て欲しい記事はこちら。
まとめ
どうでしたか?
甲子園の出場がなく、全国区の選手ではなかったが、自分の持ち味である長打力を磨き続けた結果、プロ野球で日本人最速の200本塁打を達成することができた山川穂高選手。
その裏には凄まじい努力があったと想像できますよね。
落合氏との対談を見ると、ホントに真面目で野球に対する考え方、姿勢は素晴らしいなと感じました。
また同時に、自分の成績に決して満足することなく、向上心がその表情から見て取れ、ますます応援したくなる選手です。
これからも、300本、400本、500本と球界の歴史を塗り替えて欲しいと思います!
最後まで、読んでいただきありがとうございました。
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