元漫才師で数多くの番組に出演していた上岡龍太郎(かみおか りゅうたろう)さんが、2023年5月19日に亡くなったことが分かりました。
2000年にキレイさっぱり表舞台から姿を消して、メディアへの出演はほとんどありませんでした。
そのため、ご存知でない方も多いのではないでしょうか。
しかし、今活躍している芸人たちに大きな影響を与えたのが上岡龍太郎さんです。
そこで今回は、上岡龍太郎さんの引退理由について紹介します。
上岡龍太郎の引退理由は何?
上岡龍太郎さんは2000年4月に芸能界を引退されましたが、その以前からずっと『俺は、芸能生活40周年を迎える2000年の春になったら完全に隠居する!』ということを公言していました。
その時になるまでは、本当なのか冗談なのか分からなかったとも言われています。
その中で公言した通り、レギュラーで出演していた番組も全て降板し芸能界から完全に引退をされました。
ただ、一つはっきりしていないのがなぜ人気絶頂の中で引退を決断したのか、その理由です。
それについて紹介していきます。
芸の終わり
一つ目が、『芸の終わり』です。
先ほども紹介したように上岡龍太郎さんは、2000年4月に芸能界を引退されました。
その時にこのような言葉を残して、芸能界を去っています。
僕の芸が通用するのは20世紀まで。
YAHOO! JAPAN ニュース
こんな言葉を残していますが、上岡龍太郎さんは『知性で笑わせることができる芸人』と称されています。
ただ、上岡龍太郎さんは知的であることに関しては、真っ向から否定をされていました。
過去の映像がYouTubeで観れますが、本当に理路整然と分かりやすく言葉をまとめる話術が傑出しています。
これだけの話術を持っていながら、本当に上岡龍太郎さんは自分の芸が通用するのは20世紀までと思っていたのかちょっと信じられませんよね。
妻からの一言
二つ目が『妻かの一言』です。
これは生前上岡龍太郎さんが、奥さんから言われた言葉になります。
自分が引退した方がいいタイミングが来たら教えてほしいと妻に話したら「今やで」と言われたという。
YAHOO! JAPAN ニュース
これは芸人としての洒落の効いた冗談の可能性もありますが、妻からの一言は上岡龍太郎さんの心に響いたのではないでしょうか。
この経緯から想像すると、上岡龍太郎さんは人生の大きな決断に際して奥さんにその都度相談していた可能性もありそうですね。
多趣味
3つ目が、『多趣味』です。
上岡龍太郎さんは多趣味といて知られ、マラソン・ゴルフ・古代史の研究などジャンルは幅広いです。

ゴルフではプロになるためにアメリカに渡ると発言したり、マラソンに関しては一般ランナーの壁と言われるフルマラソン4時間切りを達成しており、非常にストイックな一面を持っています。
芸人として仕事をやり切ったことで、趣味に没頭する時間を作りたかったのかも知れません。
ただ、これに関してはそれだけの収入の蓄えがあって成り立つことなので、上岡龍太郎さんのキャリアの凄さを垣間見れるような気がします。
芸人人生に後悔なし
最後が、『芸人人生に後悔なし』です。
引退する際の口上で、このような言葉を語りました。
もう思い残すことはございません。
YAHOO! JAPAN ニュース
これが上岡龍太郎さんが引退した理由の中で、一番心情を表した言葉かも知れません。

また、芸人としての微妙な変化を感じ取っていたようです。
老いるどころか、まだ第一線でバリバリで仕事をしていましたから、『なぜ引退するんですか?』と聞いても、『もう若い頃のような全盛期の自分じゃない』と。
NEWS ポストセブン
野球がお好きだったので、『ホームランだと思った打球がフェンス際で失速して届かなくなる』とか、そんな喩えをよくされていましたね。
でもやめる時もバリバリの3割バッターだったんですよ。
本人にしか分からない感覚だと思います。
サッカー日本代表として活躍した中田英寿さんも、まだまだ現役で活躍できる年齢でスパッと引退されましたが、上岡龍太郎さんとの共通点は、『潔さ』ですよね。
自分の人生をかけてやり切ったことは、それにすがることなく辞める。
上岡龍太郎さんの『美学』なのかも知れません。
上岡龍太郎と島田紳助との関係性
上岡龍太郎さんは関西のみならず多くの芸人に影響を与えました。
その中の一人で、上岡龍太郎さんを師匠と呼び、尊敬していたのが島田紳助さんです。

上岡龍太郎さんが引退する際には、『芸能界での道標を失ってしまう。引退を考え直してほしい』という旨の手紙を出したそうです。
しかしその返答は、『ずいぶん前から君は僕の前を走っているんだよ』と書かれた手紙で、この手紙を読んだ島田紳助さんは号泣したそうです。
奇しくも島田紳助さんも現在は芸能界を引退されており、今回の上岡龍太郎さんの訃報に際してのコメントはまだ聞かれていません。
島田紳助さんが芸能界にいれば、もっと上岡龍太郎さんとのエピソードが聞けたのかと思うと残念です。
上岡龍太郎がメディアに出ない理由
2000年の4月に引退した上岡龍太郎さんですが、それ以降ほとんどメディアへの露出はありません。
引退してもまた復帰したり、インタビューなどで少しくらいはメディアに出る方もいますが、上岡龍太郎さんに関してはそれが一切ありません。
それは引退する前の発言から、上岡龍太郎さんの美学を読み取ることができます。
一度決めたら、周囲が説得しても耳を貸さない。
NEWS ポストセブン
求めるレベルが高い、完璧主義者。
本人しか分からない美学があったんでしょう。
関西の芸人は、多かれ少なかれ、上岡師匠の影響を受けて、背中を見て歩いているんですよ。
その背中がなくなるわけですから、僕らは『引退じゃなくて休養にしてください。また帰ってきてください』と何回も言いましたが、『そんなみっともないことはしたくない』と一蹴されました。
これだけの潔さがあると、かっこよさすら感じますよね。
上岡龍太郎さんの去り方は、芸人としてだけなく多くの人の模範となるのではないでしょうか。
まとめ
上岡龍太郎さんの引退理由についての紹介でした。
葬儀やお別れの会も一切固辞したのも、最後まで上岡龍太郎さんらしいなと思います。
『最後まで自分の美学を貫き通した生き方』
上岡龍太郎さんの伝説は、まだまだ続きそうです。
ご冥福をお祈りします。
